自閉症におけるアイトラッキング

従来の自閉症研究における視線計測の応用は、「 眼を見る時間」というような視線の停留時間の比較 に基づいて行われてきたが、知見は必ずしも一致していない。研究チームは自閉症の客観的な評価 指標の開発に取り組み、Tobii アイトラッカーから出力される 「 いつ、どこを見ているか 」 について の視線計測データの時空間パターンを解析することによって、例えば定型発達群と自閉症群を従来 の方法よりも鋭敏に判別する方法を確立した。

視線計測はその一つの候補である。特に近年、 非接触型の視線計測装置の性能が向上して普及 したことで、成人だけでなく幼児や児童でも簡 単に視線を計測できるようになった。

背景

コミュニケーションと社会性の発達障害である 自閉症はかつての10倍の頻度で発生している。 自閉症は症状から診断が下される症候群で、確 認項目は多岐にわたり、診断の一致率を確保す るためには、十分な経験を積んだ専門家の診断 が必要である。だが必ずしも専門医・専門家の 数は十分ではないから、誰でも同じ定量的な結 果が得られるような補助的な検査法が求められ ている。

Tobii Pro アイトラッカーの最大の魅力は、頭に何も装着することなく、座るだけで計測できることである。キャリブレーションも簡単で、ある程度の頭部の動きも許容するので、従来視線計測は難しいと言われていた多動傾向のある自閉症のお子さんも無理なく十分な精度で計測することができた。

Professor Shigeru Kitazawa, Department of Dynamic Brain Networks, Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

手段と方法

時空間パターンを記録して解析

自閉症の幼児でも注目できるように 、子ども番 組などの社会的なシーンを 5~ 6 秒に編集し12 本をまとめて 77 秒のビデオ画像を視聴してい るときの小児(平均年齢3歳)と成人の視線パ ターンを自閉症群と定型発達群で比較した。 合計 104 名の 77 秒の動画の視線パターンを定 量化し、視線の停留時間ではなく、すべての情 報を含んだ視線の時系列パターンを解析するた め、視線データの時空間パターンを多次元尺度 法で解析した。

自閉症研究においては「 自閉症では眼を見ずに 口を見る 」というのは有名な定説だった。だが、 「 子供では眼を見る時間に差がない 」あるいは 「 対照群も自閉症群もどちらも口をよく見てい た 」などの報告が相次いでおり、子供では必ず しも「定説」が成り立たないのではないか、とい う疑問も生じてきた。そこで研究チームはまず これらの知見の検証を行った。

成人に関しては、これまでの定説通り眼を見る 時間は定型発達群で自閉症群よりも有意に延長 していた。しかし、児童の群では、眼を見る時 間の群間差が無いばかりか、口を見る時間に関 しては、定型発達群が自閉症群よりも有意に延 長しているという結果が得られた。

A heatmap showing the attention distribution.

成人と児童のデータをフレームごとに解析して 差が出るポイントを検索したところ、登場人物 が話しはじめると同時に差が出ることが明らか になった。成人は眼を見続けるのに対し、定型 発達の児童はすぐに口に注目した。定型発達の 子どもは言語機能を獲得過程で話者の口に注目 する時期があるようだ。十分な言語機能を獲得 するにつれ、表情などの社会的な情報を豊富に 含む眼の領域に注目するのではないか。子ども から大人に成長するにつれ、口から目に注目が 変化していくとすれば、目や口を見る時間の違 いは子どもと成人に共通する社会性の障害の指 標とはなりえない。

研究チームは、眼を見るか口を見るかだけでは自閉症の 評価指標にすることは困難であると判断し、Tobii アイト ラッカーから得られた視線の停留時間ではなく、すべて の情報を含んだ視線データの時空間パターンそのものを 多次元尺度法で比較・解析する方法を構築した。

結果

解析の対象としたのは、小児自閉症群 25 名、小児対照 群 25 名、成人自閉症群 27 名、成人対照群 27 名の映像 観察時の注視点を Tobii アイトラッカーにより計測した 時系列データである。 77 秒のビデオの見方を定量化することは、シーンが時 々刻々と変化するので難しく思われるが、 被験者間の 見る場所の距離を時々刻々と計算する事で解決した。 104 人の参加者の全部の 2 人のペアについて、 見てい る場所の距離を時々刻々計算して、距離の中央値を 2 人の間の距離と考える事にした。この距離がなるべく 保たれるように全員を 2 次元の平面上にプロットする のが多次元尺度法である。

多次元尺度法で視線の時空間パターンをプロ ットすると、対照群は中央に集中して分布し たのに対し、自閉症群はそのまわりに大きく 分散していた(上右図)。対照群は皆同じよう な場所をほぼ同じタイミングで見ているのに 対し、自閉症群では思い思いの場所を思い思 いの順番で見ていることを示す結果である。 この分布の中央値(+字)は、最も典型的な 目の動かし方に相当すると考えられる。そこ でこの「中心」からの距離を各群で比較した ところ、小児でも成人でも自閉症群は対照群 と比べて有意に中心から遠いことが明らかに なった。 多次元尺度法の結果で見られた群間の違いは どこからくるのか、各クリップの主な対象に 対する注視割合の時間的な変化を群間で比較 し、注視パターンの動的な時空間の違いを調 べた。その結果対照群は会話のやり取りに応 じて、皆同じようなタイミングで視線を話者 から次の話者へと移動させているのに対し、 自閉症群にはそのようなダイナミックな注視 パターンの切り替えは見られなかった。

A graph with a gaze plot showing the attention distribution.

多次元尺度法で定義した「中心」からの距離 を使うと、大人は 75%、小児は 87 %程度の 正確さ( ROC 曲線が囲む面積 )で自閉症群と 対照群を弁別することができた。この「 距離」 は発達によらない自閉症の指標になるものと 期待される。

研究チームはさらに言語発達の遅れはあるが 社会性の遅れを伴わない特異的言語障害の児 童( SLI, specific language impairment 群 , 16 名)に対して同じ手法を適用して、定型発達群 (25 名)、自閉症群(25 名)の 3 群の比較を行っ た。その結果、多次元尺度法の平面の上で、 SLI 群と定型発達群を 8 割程度の精度で分離 できた。中心からの距離を使うことで、SLI と自閉症の間も 8 割程度の分離が可能だった。 定型発達群と SLI 群の違いを詳細に解析したと ころ、SLI 群は定型発達群よりもさらに口への 注目が強いことが明らかになった。

レファレンス

1. Nakano, T. et al. Atypical gaze patterns in children and adults with autism spectrum disorders dissociated from developmental changes in gaze behaviour. Proc R Soc B277, 2935-43 (2010).
2. Hosozawa, M., Tanaka, K., Shimizu, T., Nakano, T. & Kitazawa, S. How Children With Specific Language Impairment View Social Situations: An Eye Tracking Study.Pediatrics129, e1453-e1460 (2012).

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